ベルギーの首都ブリュッセル。EUヨーロッパ連合が本拠地を置いている事でも有名だ。青天井を突き刺すような縦長のビルがぼんぼん立ち並び、さすがは首都だと思わせてくれる一方で、街中至る所で大規模な都市開発工事が行われている。そしてこの首都にも、もちろん例に漏れず、民度の低い区域というものが存在する。
その治安の悪い区域にあって、周りの混沌とした街並みからは一線を画し、一際異彩を放つフォルクスワーゲン。よく見ると、その前で、大きなバックパックを抱え、地面に平伏し、項垂れている男がいる。この辺りではあまり見かけない顔つきをしている。恐らくアジア人だろう。
時刻は17時30分。一体、男に何があったというのだろう。それを知るにはどうやら、例の如く時計の針を少し戻してみる必要がありそうだ。
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17時25分。アジア男は、その日の宿に向けて歩いていた。そしてその背後に視線を移すと、走ってアジア男に近づいてくるアラブ風の見た目をした男がいる。
「ニーハオ!ニーハオ!」
アラブ風の男は、手にティッシュのようなものを持っていた。そしてアジア男に追いつくと、背中に何か付いているぞと言ってそのティッシュを手渡し、立ち去るようなそぶりを見せた。アジア男は、何だろうと思い、確認しようとするも背中のため難しい。仕方がなく前に抱えていたサブバッグと後ろに担いでいたメインバッグを地面に下ろし、上着を脱いで確認した。何やらツバのようなものが付着していた。アジア男は、ここまで歩く途中、どこぞの心の無い輩に背後からツバを吐かれたのだろうと思った。そしてアラブ風の男からもらったティッシュでそれを拭っている途中でふと荷物を確認した。
時、既に遅し。
アジア男が、「サブバッグがない!」と思って顔を上げ辺りを見渡した時にはもう、アラブ男の姿はなかった。本当に一瞬の隙だった。何か手品でも見させられているような心地だった。アジア男は、まるで映画のワンシーンでも演じているかのようにわかりやすく膝から崩れ落ちた。
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もうお気づきだろうか。このマヌケなアジア男は、他でもない、2019年4月9日の僕だ。この瞬間に僕が思っていた事は、大きく分けて、「やられた」と「終わった」の二つだ。持っていかれたバッグには、パスポートや財布、PC等のいわゆる「貴重品」を詰め込んでいた。幸いズボンのポケットに入れておいたiphoneとクレジットカード1枚は手元に残ったが、超ド級の大ダメージであることは言うまでもない。ワンピースで例えるなら、序盤にゾロがミホーク戦で負ったダメージに近い。4ヶ月間のロンドン生活ですっかり鈍ってしまっていた自己防衛意識が悔やまれた。イギリスに入るまでは、小さめのショルダーポーチを常に身につけ、その中に、絶対にとられてはいけないものを大切に保管していた。それが今となっては、ショルダーポーチもろともサブバッグの中にぶち込んで移動している始末。ロンドンでは善くも悪くもすっかり平和ボケした日々を過ごしていた。ドラゴンボールで例えるなら、セルを倒してから魔人ブウ編が始まるまでの孫悟飯のようだったと思う。何がグレートサイヤマンだ。
膝から崩れ落ちたが、そのまま崩れ落ちている程暇じゃない。これからやらなければならない事を想像しただけで頭が痛くなった。
まず僕は、来た道を引き返して、その途中にあったコーヒーショップに向かった。なぜそんなことをしたのか。コーヒーショップを通った時に、その前にいた4、5人の男達と軽く会釈程度の挨拶をしたからだ。絶対アイツらの仕業に間違いない。そう思ってコーヒーショップに戻るも、既にそこに彼らの姿はなかった。
宿泊予定のホステルはもうすぐそこだったため、とりあえずホステルに向かった。ホステルに着くとすぐに警察を呼んでもらい、パトカーに乗って近くの警察署に行く事になった。合計4回も足を運んだうちの記念すべき1回目だ。
結論から言うと、クソみたいな対応をされた。言い方を変えるなら「必要最低限のことだけは面倒を見てくれる」と表現することもできるだろう。パスポートの再発行に必要な紛失届を作成してくれただけ。「どうしたんだ?もう行っていいよ」「何をして欲しいんだ?」「俺たちにできるのはこれだけだ」犯人を見つける気などさらさらないのだろう。あなたは「海外の警察なんてそんなもんさ」と笑うかもしれない。笑ってくれ。
どうすることもできず、警察を出た僕は、歩いて宿まで戻ることにした。日本大使館の会館時間は既に終了していたが、とりあえず電話をかけてみる。電話中で繋がらない。30分程かけて歩いて宿まで戻った頃に、ようやく大使館と電話が繋がった。
パスポートの申請には、半年以内に作成された戸籍謄本が必要らしい。家族に連絡して用意してもらい、どこかにFAXしてもらってくださいとの事。想像しただけで面倒くさい。
とりあえず各カード会社に連絡し利用停止をお願いした。骨の折れる作業だ。
時刻は既に20時を過ぎていた。居ても立っても居られなかった僕は、犯行現場に戻り辺りを捜索してみることにした。警察が動かないなら、自分で動くしかない。
続く。
スマホで投稿を作るの面倒くさい。しんどいので2記事に分けよう。テンションと筆の運びによっては、3記事になるかも。
hiroyuki fukuda