フライト・ナイト

2327分。僕がこれを書き出した時間だ。そしてそう言っている間に、もう既に2328分になった。そしてこの先も29分、30分、31と否応無しに進み続ける時間が、僕を日本まで無事に送り届けてくれるだろう。誰にも掴むことのできない時差という未知の隔たりを越えて。

 

バンコクのドンムアン空港にいる。0:55発、関西国際空港行きのフライトを待っているところだ。2018年の9月に出国して以来、約9ヶ月ぶりに日本に帰る。しかし、あれからもうそんなに経ったのかという実感が無い。まるでそれは、全てが一夜のうちに起こった夢物語のようだ。今でも目を瞑れば、夢の続きをみれるような気がして仕方がない。

 

出国ゲートがずらりと並ぶフロアには、たくさんの日本人旅行者の姿がある。もしかすると、この中にも、あの時の僕と同じように世界一周を志している人がいるのかもしれない。世界一周を掲げて旅立った僕の計画は、イギリスに4ヶ月滞在してしまったことにより、脆くも崩れ去った。尤も、それがなかったとして、計画通りに進んでいたのかは、甚だ疑問ではあるのだが。

 

僕は今、「TITANIC」と書かれた帽子を被っている。4月末に北アイルランドにあるタイタニックミュージアムで購入して以来の付き合いだ。特別に思い入れがあるわけではないが、多くの時間を彼と共に過ごしてきた。今思えば、目的地に辿り着くことなく、氷山に衝突し、志半ばで海の藻屑と消え去ったタイタニック号の生涯は、世界一周に失敗した僕の旅に准えることもできるかもしれない。そしてもう一つ、僕の旅とタイタニック号の航海には、驚くべき共通点があることに気が付いた。それは、どちらもニューヨークを目指していたという事実だ。何気なく購入したただの帽子に、不思議な親近感を抱かずにはいられない。

 

いつからか財布替わりとなっているズボンの左ポケットには、1000円札が2枚と両替し損ねたバーツ建の小銭が幾らか裸で入っている。残りのバーツを使い切ってしまいたいというのもあり、ビールが飲みたくなったので、近くの売り場でハイネケンを買ってきた。タイにいるにも関わらず、隣に置かれた10バーツ安いシンハービールを差し置いて、無意識にそちらに手を伸ばしてしまうあたり、ハイネケンがビールの王道として世界中で愛し続けられている理由が何となくわかったような気がした。

 

この旅で僕は、たくさんの貴重品と呼ばれるものを失った。ベルギーで、パソコンや財布が入ったバッグごと盗難に遭ったのに加え、一週間前バンコクに到着した日に、最後のクレジットカードを失くしてしまった。そういうわけで、僕は今、カードと名のつくものや、そのような形をしたものを一枚たりとも持っていない。不安や悲しみを通り越して、もはや清々しささえ覚え始めている。この旅を通して、少しは神経が図太くなったのかもしれない。

 

搭乗し席に座る。いよいよ、フライトの時間だ。自分でも驚くほど感傷的になっていないことに気づく。よくある台詞を借りるなら、これまでの旅中の光景が脳内を走馬灯のようには全く駆け巡らない。何故なら、僕はまだ何一つとして達成していないからだ。

 

ここまで読み進めた読者の中には、もう既に気がついている人もいるかもしれない。まさに「旅の総集編」的なタイミングでリリースしようとしているこの文章には、あまり「まとめ」的な意味合いはない。何の脈絡もないぶつ切りの短いパラグラフが坦々と続き、フライトまでの時系列がそれらを辛うじて繫ぎ止める役割を果たしている。BBQの鉄串がここで言う時系列だと想像してもらえれば、少しは理解の助けになるかもしれないし、ならないかもしれない。

 

半分程度しか埋まっていない閑散とした機内を尻目に、機体は助走を始め、離陸体勢に入った。ふと脳裏にライト兄弟のことがよぎった。

 

キャビンアテンダントの指示に従い、足元のスペースにリュックを仕舞った。これの他に、もう一つ預け荷物でメインの大きなバックパックがあるが、そのバックパックを背負って旅をしていた期間を合算してみると、結局、三ヶ月にも満たないという衝撃の事実が判明した。そういう意味で言うと、僕は、良くも悪くも「バックパッカー」ではなかったのかもしれない。

 

離陸してからは、乱気流のためシートベルトを締めるように促すアナウンスが度々流れる。機体は大きく揺れ、その度に僕は、墜落していく機体を想像しては静かに息を飲んだ。ヨーロッパで飛行機に乗っていると、時々、無事に着陸が成功したタイミングで、誰からともなく乗客から拍手が巻き起こることがある。僕はあの欧米人特有(?)の陽気なカルチャーが結構好きだ。そして、そんな時、僕はまたライト兄弟のことを想う。彼らが初めての有人動力飛行に成功した日のことを想い浮かべる。そこには、フライトから帰還した彼らを取り囲むたくさんの群衆の姿があり、その中心で、拍手喝采に出迎えられ、歓喜に満ちた表情を浮かべる二人が立っている。

 

この旅に、タイタニック号の航海と決定的に違う点が一つだけあるとすればそれは、「僕は沈没したわけではない」ということになるだろう。だから僕は、もう一度、ニューヨークを目指すことができる。

 

この文章が読者の元に届いているということは、僕が日本に到着できたということを意味する。もしこのフライトが無事に着陸の瞬間を迎えることができたらとしたら、その類い稀なる奇跡に心から拍手を送りたいと思う。添乗員一同とパイロット、あとは陽気な欧米人に敬意を表して。

 

パソコンを閉じて、ゆっくりと目を瞑る。もしかすると夢の続きをみることができるかもしれない。次の夢は、一体僕をどこに連れて行ってくれるのだろう。そんな僕の大きな期待を、それよりも更に大きく口を開いた「ねむり」が飲み込んでいく。

 

ゴクリ。

 

hiroyuki fukuda